マルコ神父様がグアダルペ宣教会の韓国50周年総会にご出席のため、今日のごミサは、コロンバン会のティム神父様司式により行われました。
ティム神父様は1995年から2000年まで、千葉寺教会で司牧にあたっていらっしゃいました。懐かしい再会に、お聖堂に笑顔があふれます。
聖体拝領の後に、子どもの日の祝福と、母の日の祝福がありました。
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カトリック千葉寺教会は、1955年、千葉県千葉市中央区に、聖コロンバン会によって建立された、カトリック東京大司教区に属している教会です。
小教区には聖マリア修道女会修道院、聖母マリア幼稚園があります。
・2012/05/27(日)松原教会チャリティコンサート
・2012/09/30(日)合同堅信式
・東日本大震災に対して千葉寺教会の取り組み
2012/05/20(日):主の昇天 ミサ(11:00)・英語ミサ(14:00)・教会委員会会議
2012/05/27(日):聖霊降臨の主日 国際ミサ(11:00)・各地区集会・西語ミサ(17:00)
2012/06/01(金):聖ユスチノ殉教者 初金 聖体顕示(09:00)・ミサ(10:00)・シャローム製本
2012/06/03(日):三位一体の主日 ミサ(11:00)・英語ミサ(14:00)
2012/06/10(日):キリストの聖体 ミサ(11:00)・英語ミサ(14:00)・教会委員会会議
マルコ神父様がグアダルペ宣教会の韓国50周年総会にご出席のため、今日のごミサは、コロンバン会のティム神父様司式により行われました。
ティム神父様は1995年から2000年まで、千葉寺教会で司牧にあたっていらっしゃいました。懐かしい再会に、お聖堂に笑顔があふれます。
聖体拝領の後に、子どもの日の祝福と、母の日の祝福がありました。
司祭「キリストのからだ」。信徒「アーメン」。
この「アーメン」という言葉は、キリスト信者でなくともご存じでしょう。これはヘブライ語で「そのとおりです」という意味になります。主イエスは人々に語りかけるとき「アーメン」「アーメンアーメン」と、この言葉で始めることが多かったとのこと。現代語に超訳すると「マジで」「マジでマジで」というところでしょうか!?
聖体拝領のときに信者が応える「アーメン」は、ミサの中で唯一、一人で唱える「アーメン」です。この短い言葉が、キリストと繋がる喜びを表現する、シンプルで力強い信仰告白となる瞬間です。
復活節第4主日の福音朗読では、ヨハネによる福音書第10章の「イエスは良い羊飼い」のたとえが読まれます。
キリスト信者と聖書とは、切って離せぬ関係ですが、ミサに「マイ聖書」を持参する信者は多くありません。それは毎週、その日の朗読箇所を記した「聖書と典礼」というパンフレットが配布されているからでもありますが、もともと聖書は読むものではなく、教会で聞くものであったのです。
キリスト信者は、過去、現在、未来をとおして、司祭の朗読する福音を聞いているその時間を、共有しているのかもしれません。
ごミサの後すぐに、お聖堂で合同地区集会が開かれ、「鎌取プロジェクト」について、活発な意見交換が行われました。
鎌取プロジェクトでは、引き続き皆様のご意見をお待ちしているとのことです。ご意見などございましたら、書面にして、鎌取プロジェクト委員、教会委員会委員、受付へお渡しください(今回の意見募集は2012/05/06が締切です)。
復活節第2主日は、復活祭に洗礼をいただいた受洗者が、この日に一週間着ていた白衣を脱いだことから「白衣の主日」とも呼ばれています。
これから一年間の土日、日本カトリック神学院(東京キャンパス)の大塚神学生が、千葉寺教会にいらしてくださることになりました。よろしくお願いいたします。
日英西の合同国際ミサとなった「復活の主日」の今日、お聖堂は予備の椅子まですべて出してもたりないほど、主イエスのご復活を祝う信徒でいっぱいです。
ミサ中ではひとりの赤ちゃんの幼児洗礼、四人の子どもの初聖体もあり、お聖堂は終始、笑顔と喜びの声で満たされていました。
はじめてご聖体をいただいた四人に、感想をお話ししてもらいました。「少しあまくておいしかったです」、「なんだかふしぎな味でした。わからないけどおいしかったです」、「おいしかった。またたべたい」、「おいしかった」 。
今日、洗礼をいただいた赤ちゃんと、初聖体をいただいた子どもたちが、ご両親、神父様、シスター、教会学校のリーダーたちの愛に育まれ、これからも神様とともに歩むことができますように。
神に感謝。アレルヤ!
「主のご復活、おめでとうございます!」
キリストの復活を記念する「復活の聖なる徹夜祭」が行われる、今夜の教会では、あちこちでこの挨拶が聞かれます。過去形でもなく、未来への期待でもなく、今現在、復活の主イエスがともにいらっしゃるという喜びが、そこかしこからあふれ出しているようです。
光の祭儀で、2012年の復活の大ロウソクの祝福が行われ、そこから分けられた火を信徒それぞれが自分のロウソクに灯して、復活賛歌を歌います。真っ暗だったお聖堂が、ロウソクの光だけでだんだんと明るくなっていく様子は、人類を照らす主の光が世世すみずみにまで広がっていることを思い起こさせる、素晴らしいひとときです。
このホームページをごらんいただいているあなたにも「主のご復活、おめでとうございます!」

聖金曜日は聖変化がありませんので、「祭儀」となり、「ミサ」とは呼ばれません。
「聖金曜日は一年間で唯一ミサが執り行われない日でもある」と、今日現在のWikipedia「聖金曜日」の項目には記されていますが、これは正しくもあり、間違ってもいます。典礼暦としては「一年間でミサが行われない日は聖金曜日と聖土曜日の二日」が正解です。ただし、教会の典礼は日没に始まり日没に終わりますので、日常暦の感覚としては「一年間で唯一ミサが執り行われないのは、聖金曜日(を含む日常暦の金曜日)」となり、こちらもある意味、正しいわけです。
入堂した司祭は祭壇の前で伏して祈ります。また、十字架の礼拝が行われ、信徒は主の死を悼み、祈ります。
四旬節の間、歌われることがなかった「栄光の賛歌」が、今日のごミサでは鳴り響く鐘の音ととも歌われます。以降、教会の鐘は復活徹夜祭まで鳴らされることがありません。千葉寺教会では聖変化の合図に拍子木を使っています。
ミサの中では、主イエスが弟子の足を洗ったことにならう「洗足式」があり、聖体拝領後、ご聖体を仮祭壇に移す聖体安置式が行われると、いつものご聖櫃は空となり、祭壇も裸の状態にされます。
ミサ開始時の栄光から、一転、主を失った弟子たちの喪失感が、二千年の時を隔てて伝わってきます。

昨日の激しい大風が嘘のような、抜けるような青空のもと、今年もこの日、「受難の主日」がやってきました。
「祭にきていた大ぜいの群衆は、イエスがエルサレムにこられると聞いて、しゅろの枝を手にとり、迎えに出て行った(ヨハネによる福音書(口語訳)12:12-13)」
この御言葉にならい、信徒それぞれが枝を持って、司祭の祝福をいただきます。日本ではソテツの枝を代用するのが通例になっているようです。
ごミサのあとは恒例の大掃除です。
今週の木曜日から始まる「聖なる過ぎ越しの三日間」は、クリスマスとはまた違った教会の大きな恵みを感じることができる期間です。ぜひ、お近くの教会へ足をお運びになられて、主イエスの復活を体験してください。
「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。(ヨハネによる福音書(口語訳) 12:24)」。今日の福音朗読は、この有名な御言葉の箇所でした。
東京大司教区には「一粒会(いちりゅうかい)」という、神学生の養成を援助するための活動があり、教区の信徒全員が会員となっています。千葉寺教会では、司祭・修道者への召命を祈り、毎月の最終週主日ミサで献金を行っています。
昨年の11月11日、岡田大司教様より、西千葉、千葉寺、茂原、東金の四小教区で構成される千葉中央宣教協力体に向けて、千葉市緑区辺田町にある聖マリア修道女会の土地を、東京教区で有効利用できる可能性から、有償で譲渡していただく決意をしたという書簡が送られました。
それを受けて、四教会は“鎌取プロジェクト”を立ち上げ、この土地をこれからの福音宣教の拠点となりうる場所としてどのように活用していくかを検討しています。
その第一歩として、今日、その地に岡田大司教様をお招きして、四教会合同の野外ミサが開かれました。
いつくしみと愛に満ちた父なる神様、御子キリストのうちに、千葉中央宣教協力体の皆がひとつとなることができますように。
昨日に引き続き、今日もごミサの前に、サレジオ会司祭の辻家直樹神父様から、ご講話をいただきました。辻家神父様、お忙しい中、ありがとうございました。
ごミサの中で、教会学校の修了式と、皆勤、精勤の表彰がありました。みなよくがんばりました。
東日本大震災発生からちょうど一年目となる今日のごミサは、被災者の追悼ならびに復興をお祈りする、追悼ミサとなりました。信徒がひとりひとり、祈りをこめたキャンドルを、祭壇の前に置いていきます。
いつくしみ深い神様が、愛する人の死によって悲しむ人々にみ力を与え、あなたの愛の慰めのうちに生きることができますように。
「十字架の道行きの祈り」に統一されたものはありませんので、千葉寺教会では自家製の小冊子を使っています。
拡大してみると、主イエスが「イエズス」と記されていることがおわかりいただけるでしょう。その昔、カトリック教会はラテン語読みにならい「イエズス」と表記していましたが、現在は新共同訳聖書に合わせて「イエス」とお呼びしています。それでもこの小冊子のように、いろいろなところに「イエズス」表記は残っています。
教会のお聖堂に入ると、キリストの受難を描いた14枚の絵やレリーフが飾ってあることに気づかれると思います。ひとつひとつのシーンは「留(りゅう)」と呼ばれ、「第1留」から「第14留」まで、このレリーフの前でキリストの受難を思い祈るのが、おもに四旬節に行われる「十字架の道行きの祈り」です。
千葉寺教会では、キリストの復活に思いを寄せる「第15留」を加えて、祭壇に向かって祈ることで結んでいます。

移動祝日である「復活の主日」から逆算して46日前の水曜日が、今日、「灰の水曜日」です。信者は略して「ハイスイ」と言ったりします。
「灰の水曜日 未洗礼」という検索ワードで千葉寺教会ホームページを閲覧してくださった方がいらっしゃいましたので、マルコ神父様にお尋ねしてみました。
Q「灰の式は洗礼を受けていない方も受けられますか?」
A「灰の式は秘跡ではなく“しるし”です。信仰のない方には意味がないですね。逆に言えば、“回心して福音を信じなさい”という御言葉を受け入れられる人であれば、よろしいのではないでしょうか」

カトリック教会では、「お聖堂」と書いて「おみどう」と読みます。千葉寺教会のこのお聖堂は、1967年に新しく建てられたもので、それまでは、現在、ホールとして使用しているところがお聖堂でした。下の白黒写真は、当時、新聖堂落成式の様子を記録した貴重な一枚です。
今、わたしたちがミサにあずかっているこのお聖堂も、いつかは壊れ、去らねばならない日がくることでしょう。しかしキリスト信者はそれを恐れることはありません。教会とは建物ではなく、人の集まりだからです。
カトリック教会が未信者の結婚式をお引き受けするとき、かならず結婚講座を設けるのは、そういう意味もあります。建物ではなく、人と人とが互いにつながり、そして神様につながっていることこそが、教会の本質なのです。
典礼の聖書朗読箇所は、基本的に第一が旧約、第二が使徒書からとられ、それらは福音書の朗読箇所と関連を持っています。
今日の第一朗読は、本来のローマ規範版ではレビ記13:1-2、44-46ですが、日本では許可されて、独自に創世記3:16-19に差し替えられています。福音朗読箇所は、主イエスが重い皮膚病を患っている人に手を触れて癒す「マルコによる福音書1:40-45」でした。
主よ、重い病に苦しんでいる人々を顧みてください。あなたのことばに力づけられ、安らぎを得ることできますように。

ごミサ後に、ホールで、2011年度の信徒総会が開かれました。
千葉寺教会では、二年おきに教会委員会を新しく構成しています。去年施行された教会委員選出規定により、選挙によって選ばれた新しい教会委員候補が、この信徒総会で承認され、主任司祭によって任命されました。今まで二年間、身を粉にして主のために働かれた教会委員のみなさま、ありがとうございました。
2011年は大震災があり、災害対策支援グループをたちあげるなどの大変さがありました。これからはそれに加え、岡田大司教様から千葉中央宣教協力体が昨年いただいたメッセージにお応えし、西千葉、千葉寺、東金、茂原の4教会をまたいで広がる「鎌取プロジェクト」が始まります。今までに増して、教会委員会はもちろん信徒も、心を新たにして未来へ向かっていかなければなりません。新しい教会委員のみなさまが聖霊に満たされて、わたしたちが千葉中央宣教協力体の未来を築き、よりいっそう多くの方に主の福音を伝えていくことができますように。
ここ千葉も大変寒くなり、お聖堂の暖房もあまり暖まりませんが、1月最後のごミサには、大勢の信徒が集まりました。
来週は信徒総会がありますので、ごミサの開始はいつもより一時間早く10:00からとなります。ご注意ください。
教会に集められた私たちが、キリストが力強く語られたことばを、日々出会う人々と分かち合うことができますように。
「サントニーニョ祭」は、典礼暦で決められたカトリックの祭日ではありませんが、フィリピンでは「聖なる幼きイエス」を讃える「シノログ祭」として親しまれていますので、千葉寺教会では、フィリピン人信徒のために毎年行っています。
今年はあいにく、外が雨のために、お聖堂とホールでおみこしを回し、記念撮影でもりあがりました。
東京大司教区の岡田大司教様から、昨年11月、千葉中央宣教協力体へ向けて送られたメッセージを受け、千葉地区の福音宣教発展のために力を合わせるよう、本日、西千葉教会において、千葉中央宣教協力体の未来に向けての記念共同司式ミサが行われました。
これから新しい一歩を踏み出す西千葉、千葉寺、茂原、東金の四教会の旅路が、神様の愛の一致をあかしするものとなりますように。
土曜日ですが、年間第2主日のごミサです。教会の典礼は日没に始まり日没に終わりますので、18:00から始まる今日のごミサは、明日日曜日の年間第2主日のミサと同じなのです。
マルコ神父様が、明日、西千葉教会で開かれる千葉中央宣教協力体記念共同司式ミサに行かれるため、明日11:00からの千葉寺教会の典礼は、ミサではなく「集会祭儀」となります。
本来のローマ典礼暦では、「主の公現」は守るべき祝日として1月6日と定められていますが、日本の場合は1月2日から8日の間の主日に移動して祝い、ローマ暦では1月6日後の主日に祝う「主の洗礼」を、日本では翌主日に行うことになっています。今年は「主の公現」が8日になりましたので、「主の洗礼」が翌主日ではなく翌日9日になるという。例外的な年の始まりとなりました。
今日のごミサは、マルコ神父様がお留守のために、グアダルペ宣教会のホセ神父様の司式で行われました。ホセ神父様、ありがとうございました。
ごミサの中で、成人の祝福が行われました。これからの世界を作る世界中の若者たちが、聖霊に満たされ、主とともに歩んでいけますように。
洗礼を受けたカトリック信者が守るべき「教会の五つのおきて」のひとつに「主日(日曜日)と定められた祝日にミサにあずかり、それらの日を聖とすることを妨げる仕事や活動を控えること」というものがあります。
その、日曜日以外に守るべき祝日は、日本では12月25日の「主の降誕」と、今日の1月1日の「神の母聖マリア」の二日となっています。意外なことに、復活祭は入っていないのですね。
聖母のうちに始められた救いのわざを祝うわたしたちが、その完成の喜びにもあずかることができますように。

昨夜の静かかつ荘厳な「主の降誕(夜半)」のミサとはうって変わって、主日に重なり、国際ミサとなった今日の主の降誕(日中)のミサは、各国の信徒がにぎやかに主イエスのご降誕を祝って歌い、祈ります。
ごミサの中、アレルヤ唱のところで、マリア様やヨセフ様、天使たちにふんした教会学校の子どもたちが、明るい歌声と演奏を披露してくれました。
そしてごミサ後のパーティも盛況です。信徒ホールでは信徒それぞれが用意してきたいろいろな食事がふるまわれ、国際色豊かなこの千葉寺教会ならではの、楽しい主の降誕をお祝いする一日となりました。
メリー・クリスマス!
日本におけるキリスト信者の割合は、カトリック・プロテスタントを合わせても1パーセントに満たないという統計がありますが、なぜか今日、クリスマスの日だけは、日本国民の多くが不思議とお祝いをしてくださいます。反面、クリスマスに孤独を感じるというネット上の声も少なくありません。その孤独を癒し、心を満たしてくれるものは、本物の「キリストのミサ」である「クリスマス」にしかないのではないでしょうか。
今夜、初めて教会を訪れた人々が、主の降誕の喜びに満たされ、神の祝福を豊かに受けて、新たな光を見いだすことができますように。
今日のごミサは、いつもより一時間早い10時から、Charlie Nepomuceno神父様のご司式で行われました。Charlie神父様、ありがとうございました。
ごミサの後は、恒例のクリスマス前の大掃除です。信徒総勢で教会中を磨きます。
今年のプレゼピオは、とても大きいパノラマです。ぜひとも、クリスマスに直接おいでになってごらんください。
三つめの赤いアドベントクラウンに火がともされました。待降節の典礼色は基本的に紫ですが、今日、待降節第三主日は、主の訪れを間近に感じる「喜びの主日」として、典礼色にバラ色を使うことができます。今日のごミサは西千葉教会主任司祭の小林神父様とマルコ神父様の共同司式でした。
そしてミサ後、小林神父様から、岡田大司教様より千葉中央宣教協力体へいただいた書簡についての説明会がありました。これから大きな変革を迎えるこの千葉中央協力体に、神様の豊かな祝福がありますように。