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司祭のお話

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 千葉寺教会の月刊広報誌「シャローム」では、毎号、巻頭で司祭のお話を掲載しています。

 このページでは、最新号(2012年10・11月合併号)のお話をウェブ用に転載しています。

信仰年

マルコ・アントニオ・マルティネス神父


「信仰年とはどういうことでしょうか?」

 いろいろな信者さんから聞かれます。

 簡単に言えば、神さまから与えられた信仰を一年間、勉強、黙想、祈りを通して深める教皇様からの招きです。

 今年の復活祭に、この千葉寺教会の信徒の皆さんに『教皇ベネディクト十六世 自発教令 信仰の門――「信仰年」開催の告示』を贈りました。この書簡には、教皇様が全世界のカトリック信者に望まれていること、この一年間にすべきことが細かく説明されています。


『信仰の門――「信仰年」開催の告示』

 2011年10月17日(月)に発布された教皇ベネディクト十六世自発教令『信仰の門――「信仰年」開催の告示(2011年10月11日付)』の全文(原文ラテン語)です。教皇は10月16日(日)午前、サンピエトロ大聖堂で司式した教皇庁新福音化推進評議会主催の第1回国際会議の閉会ミサの説教の中で、特別年の「信仰年」の開催を発表しました。「信仰年」は、第2バチカン公会議開幕50周年の2012年10月11日に始まり、2013年11月24日の「王であるキリスト」の祭日に終わります。


 このような教会の書簡は、確かに日常の生活のことばで書かれてはいません。神学的な専門用語です。そうであっても、あきらめないで読んでください。聖霊の導きによって、キリスト信者として与えられた信仰の素晴らしさに出会うよう努めてください。


「信仰の門」(使徒言行録14・27)は、つねにわたしたちに開かれています。それはわたしたちを神との交わりの生活へと促し、神の教会へと導き入れてくれます。神のことばがのべ伝えられ、わたしたちを造り変える恵みによって心が形づくられるとき、わたしたちはこの門を通ることができます。この門に入るとは、生涯にわたって続く旅に出発することです。この旅は洗礼によって始まります(ローマ6・4参照)。わたしたちは洗礼によって神を父と呼ぶことができるようになるからです。そして、旅は死から永遠のいのちに過ぎ越すことによって終わります。永遠のいのちは主イエスの復活がもたらしたものです。イエスのみ心は、聖霊を与えることによって、イエスを信じる者をご自身の栄光へと引き寄せることでした(ヨハネ17・22参照)。父と子と聖霊の三位一体への信仰を告白するとは、愛である唯一の神を信じることです(一ヨハネ4・8参照)。父は、時が満ちるとわたしたちの救いのために御子を遣わしました。イエス・キリストは、ご自分の死と復活の神秘によって世をあがないました。聖霊は、世々を通して、主の栄光ある再臨を待ち望む教会を導きます。

(教皇ベネディクト十六世 自発教令『信仰の門――「信仰年」開催の告示』p.3-4)


 七年前、わが千葉寺教会の献堂50周年のために「恵みの一年」がありました。その一年間、七つの秘跡をはじめ、教会をマリアさまについて学ぶ機会と活動がありました。

 この信仰年は、全世界のカトリック教会のために大事な時です。この信仰年を信者さんにとってより意味のあるものとするために、この一年、いろいろなことを考えています。毎月、そのたびごとに説明したいと思います。


 どうか皆さん、この信仰年の中で、「信仰の門」を開いて、より深く、より近く、父と子と聖霊の存在をわたしたちの中に感じられるようお祈りいたします。


 *信仰年の祈り*

 神様、どうかわたしに与えてください。変えられない事を受け入れる心の静けさを、変えられる事を変える勇気を、そしてその違いを知る知恵を。(ラインホールド・ニーバー)


「シャローム」2012年10・11月合併号掲載

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