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神学生の宣教司牧実習

マルコ・アントニオ・マルティネス神父


 復活節の第2の日曜日(神のいつくしみの主日)、私たち千葉寺教会にはその日から大きな喜びがあります。カトリック神学院の実習担当者から、1年間、大塚神学生が千葉寺教会に宣教司牧実習として派遣されることになったとの連絡がありました。派遣の手紙には以下の記述がありました。


『お世話になる助祭・神学生は、毎週「宣教司牧実習記録」を作成することになっております。これは、本人が実習の振り返りをするため、また実習先と神学院との意思疎通をより円滑にするため、さらに今後必要であれば、神学生間の引き継ぎのために(前実習者の活動を後任の神学生が確認・参考にするために)利用するものです。

 つきましては、これから神学生が実習にお伺いする度に、前週の「宣教司牧実習記録」を神父様に提出することと存じます。お忙しいところ誠に恐縮ですが、どうぞその実習記録をご確認くださり、用紙下部にあります「実習先司祭コメント欄」に、何かご意見、あるいはサインのみでも結構ですので記入して、助祭・神学生に返却していただければ幸いです。』


 以前、この派遣はアポストラートと言っていました。これは、ただ教会の仕事を奉仕することだったのですが、今は、神学生の宣教司牧実習として、教会の仕事を奉仕するだけでなく、司祭と信徒とともに、良き牧者であるキリストの姿を身につけるためです。


 私たちは大きな責任があります。子供の光る眼、中高生の喜び、青少年の希望、大人の信仰の光、高齢者の信仰の深さとして、大塚神学生は自分がどんな司祭になろうとしているかをウォッチする必要があります。神学生の勉強を卒業しても、司祭になる権利は持てないのです。

 司祭になるためには司教様の呼びかけが必要です。司祭叙階式の式次第の中で、こういう言葉があります。


司祭「司教様、母なる教会は、この兄弟を司祭に叙階してくださるように願っています。」

司教「この兄弟は司祭にふさわしい人ですか。」

司祭「これまでこの兄弟をはぐくみ、生活をともにしてきた共同体の皆さんと司祭養成にかかわってきた方々にご意見をうかがったうえで、この兄弟が司祭にふさわしい者であることを証明いたします。」

司教「それでは、主なる神とわたしたちの救い主イエス・キリストの助けによって、この兄弟を、司祭団に加えることにします。」


 大塚神学生はただ研修生ではなく、立派な宣教師です。自分の立場から司祭になる前に、主キリストの呼びかけに対して、私たちの共同体の中で証しています。


 皆さん、この1年間、大塚神学生のために、光と喜びの宣教司牧実習になるよう協力しましょう。


「シャローム」2012年06月号掲載

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